『晋書』は265~420年の中国のことを記述している史料ですが、卑弥呼に関する記述もあります。
ただし成立時期が時代的に離れているため、邪馬台国論争の史料として使えるかどうかの議論から必要になります。
晋書とは
晋書は、帝紀10巻・載記30巻・列伝70巻・志20巻からなる、中国の晋国についての歴史書です。
卷97 列傳第67 四夷傳には中国周辺の国について記述されており、その中には倭に関する記述もあります。
史料データ
著者 | 房玄齢(総監)、他数名で編纂 |
成立年 | 648年 |
房玄齢は578~648年の唐の歴史家。
唐の第2代皇帝である李世民は、房玄齢を総監として未編纂の史書を作ることを命じました。
そこで『北斉書』『梁書』『陳書』『隋書』『周書』『晋書』が一斉に編纂されています。
一斉編纂とは言っても、265~420年の晋国のことを書いた『晋書』は646~648年に編纂されていますが、581~618年の隋国のことを書いた『隋書』は636年から編纂開始しているなど、史料成立順と歴史の流れは一致しません。
出典
原文を読む@维基文库
2025.02.17 閲覧確認
信憑性
- 晋国に関する史料ながら、年代が近い三国時代や後漢の話も掲載している。
- 諸書から前代の記録を広く考証しており、資料収集面は高く評価されている。
- 内容の正確性については批判的な評価が多い。
- 複数の編者がいるため前後矛盾の内容などがある。
晋書は晋国滅亡からかなり後に編纂されていることあり、それまでの史料を広く参照しているとされています。
また、晋国以前の内容も必要に応じて入れられており、多数の史料から総合的に晋国のことを記述できているとされています。
しかし、デマや誤報が多く入っていると思われ、内容の信憑性・正確性には難があるとの見方が多いようです。
内容
ここからは、晋書の中でも倭に関する記述のみ抜粋してご紹介します。
倭人
倭人在帶方東南大海中 依山島爲國 地多山林 無良田 食海物
『晋書』卷97 列傳第67 四夷傳
舊有百餘小國相接 至魏時 有三十國通好 戶有七萬
男子無大小 悉黥面文身 自謂太伯之後 又言上古使詣中國 皆自稱大夫
昔夏少康之子封於會稽 繼發文身以避蛟龍之害 今倭人好沈沒取魚 亦文身以厭水禽
計其道里 當會稽東冶之東 其男子衣以橫幅 但結束相連 略無縫綴
婦人衣如單被 穿其中央以貫頭 而皆被髮徒跣 其地溫暖 俗種禾稻糸甯麻而蠶桑織績
土無牛馬 有刀楯弓箭 以鐵爲鏃 有屋宇 父母兄弟臥息異處 食飲用俎豆
嫁娶不持錢帛 以衣迎之 死有棺無槨 封土爲塚 初喪 哭泣 不食肉 已葬 舉家入水澡浴自潔 以除不祥
其舉大事 輒灼骨以占吉凶 不知正歲四節 但計秋收之時以爲年紀 人多壽百年 或八九十
國多婦女 不淫不妒 無爭訟 犯輕罪者沒其妻孥 重者族滅其家 舊以男子爲主
漢末 倭人亂 攻伐不定 乃立女子爲王 名曰卑彌呼
宣帝之平公孫氏也 其女王遣使至帶方朝見 其後貢聘不絕
及文帝作相 又數至 泰始初 遣使重譯入貢
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